#光陽觀光
#全羅南道記念物 第113號
海衣始殖址
全羅南道 光陽市 海衣始殖址 1 道 57–6番地に
位置する海衣始殖址は海衣始殖遺族保存会が海衣養殖の歴史的な価値と韓国で海衣養殖を最初に始めた金汝翼(1606-1660)公を称えるために建てられた場所として、海衣の由来と歴史、海衣の製造過程などが見られる歴史館だ。
一方、全羅南道記念物第113号に指定された光陽 海衣始殖址が紹介してある
太仁3区グンギ村は昔から宮展の跡とも呼ばれた。
6月中旬、雨がふる午後、太仁3区の道路には海衣始殖址へ行く道 案内表が見える。
観光案内所 -- 文化解説者から海衣始殖址の説明を聞くことができる。
海衣始殖址記念館 - 丹青できれいに飾られた永慕齋
海衣歴史館 - 海衣の最初の養殖過程と 海衣の活用図が展示されてる。
光陽の海衣養殖は蟾津江と南海の うみに出会う太仁島一帯で栄養豊かな長所を活かし、人工的に胞子を受けずに栗の枝を挿した挿し木方式だ。 この方法は1990年代初めまで続いてきた。
乾燥した海衣の由来は、葦や別に作った風石を帆として使った昔の海岸の 住民たちが船に乗って突起を取りながら帆柱として使っていた風石にを乾かし始めたのが今日の紙のような乾いた海衣の形で作られた。
永慕齋の左側に仁湖祠事蹟碑がある。
海衣始殖遺物復元推進記念碑
光陽市 海衣始殖址遺族保存会が製作した広報物
海衣始殖遺物展示館には海衣生産道具32種53点が展示されてる。
金汝益公は霊岩郡鶴山面の夢海で生まれ、朝鮮王朝時代 1636年に丙子胡乱の戦争が発生した時 義兵を起こし従兄の金汝雋に従って清州に至った。 しかし、仁祖王が清国に降伏したことを聞いて、故郷に戻った後 故郷を離れ長興冬栢洞を経て1640年に太仁島に入り、暮らしながら海衣を始殖した。
記念館の一番後ろにある仁湖祠 / ここで定められた日に祭祀を行う
海衣始殖址を 探して行く道